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Captain Fantastic And The Brown Dirt Cowboy

Captain Fantastic™(キャプテンファンタスティック)による日記(ブログ)です。

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エルトン・ジョンが日本に伝えに来たこと。2015年11月16日大阪城ホール、18日横浜アリーナ セットリスト 公演レポート その2 All the Hits Tour

 

 

 

その1の続き 

8,9,10はMC無しではじまった。


10ではステージのスクリーン(ステージ左右横にはそれぞれモニタースクリーンが各1台ずつ設置)に、
レゴで作ったような模型?による過去を回想するような映像が映し出された。
wowowでは涙する女性が映し出されていた。

1975年に共演したジョン・レノンやドナルドダックに扮したエルトン・ジョン(1980年 セントラルパーク)の姿が映し出され、
エンディングではケーキの上に二人の赤ちゃん。

11の曲前は、エルトン・ジョンによる長い長いピアノ・ソロによるイントロがあった。
かつての「パイロットに連れてって」のようだと言えば伝わるだろうか。

「ありがとう。次の曲は、僕の友人でヒーローでもあるレオン・ラッセルと作ったアルバム「ザ・ユニオン(The Union)」からの曲で"Hey Ahab  ヘイ・エイハブ"です。」
2010年の曲なので、本日一番新しい曲となった。
また、作曲にはレオン・ラッセルは参加しておらず、エルトン・ジョンとバーニー・トーピンによる作品。
レオンのダミ声が聴けないのは残念だが、アップテンポで、コンサート映えする良い曲だった。
当然のことだが、日本初披露だ。

14はバンドが捌けて、エルトン・ジョンによるピアノソロ。
同行したバートナー、デヴィッド・ファーニッシュ氏へ捧げたことだと思われるが、
1995年のレイ・クーパーとの来日公演を思い出した人も多いことだろう。

15の2コーラス目から、ステージへ戻って来たバンドの演奏が入る。

16は1971年の初来日のとき以来の演奏。
ステージのスクリーンには赤い炎が映し出される。

17は大ヒット曲でありながら、日本では初お披露目の曲。
1980年代には、日本では誰もエルトン・ジョンの名前を口にすることなどなかったのだ。
この曲をリリースから31年後に初演奏させたことは、我々日本人が恥じなければならない点だ。

18を歌い終えると、「ステージの近くへおいでよ」とエルトンが手ほどき。
このとき、「Take care , Take care」と言っていた。
そう、ここがステージへの突進のタイミングだったのだ。
私はステージ最前列、デイヴィー・ジョンストンの前に陣取ることが出来た。
まさか、憧れのアイドル、スーパースター、エルトン・ジョンのステージの上に肘を乗せて、
演奏を聴く日が来ることなど、夢にも思わなかった。

ここでバンドメンバーの紹介。
メンバー紹介は、ジョン・メイホン、キム・バラード、マット・ビソネット、
「1969年からのオリジナル・エルトン・ジョン・バンドのメンバー」、ナイジェル・オルソン、
「45年の付き合いになるスコットランド、エジンバラ出身」、デイヴィー・ジョンストンの順番で紹介された。

19~23は一気にたたみかけて、大変に大きな盛り上げてみせた。
22は日本初披露。

そして、アンコール前はお待ちかねのサインタイム。
パートナーのデヴィッド・ファーニッシュ氏とステージに戻って来たエルトン・ジョン。
デヴィッド・ファーニッシュ氏の手にはサインペンが。

御多分に漏れず、私もレコードのジャケットにサインを頂くことが出来ました。
一度はエルトンにスルーされてしまったのですが、デヴィッド・ファーニッシュ氏が見つけてくださり、
かろうじて、サインを頂くことが出来たのです。

アンコールの24(3番の歌詞を「ケイト・モス」に変えていた、因みに大阪では「キューサカモト(坂本九)」と2度歌う)を歌い終わり、あっさりとステージを後にしたエルトン・ジョン。
この日の盛り上がりには、さぞかしご満悦だったことだろう。
「アメイジング・オーディエンス」と2回も言ってくれました!
翌日のInstagramにはArigato gozaimasu Tokyo!! What an amazing audience!! See you next time!!と記していた。
日本語で「ありがとうございます、東京!!」と書いているのだ!
20~24の流れを見て頂ければ、おわかり頂けるとおり、
このコンサートは完全にロックンロールのコンサート。

68歳のエルトン・ジョンは驚異的なぐらい衰えていなかったし、
アップテンポのナンバーでぐいぐい押してくるようなショーだった。

8年間じらされたせいか、エルトン・ジョンのコンサートで、初めてオープニングからエンディングまで総立ちということを体験した。
次回の来日公演では、ウェーブでも起こしてサーを喜ばせましょう!
これは古いファンの熱意と、僅かだが先入観を持たないピュアな感性を持った若いファン、外国からわざわざ駆けつけたファンが相まって起こったこと。

いつもエルトン・ジョンの日本公演で驚くことは、外国人の観客の多さだ。
彼らはコンサートの楽しみ方、盛り上げ方、盛り上がり方を熟知しており、
良いコンサートになったのも彼らのお蔭である。
私はいつも彼らには感謝しています。

同性愛者への差別、HIV感染(AIDS エイズ)問題、テロリスト、
闘う対象が大きければ大きいほど、エルトン・ジョンは歌い続けていく。

来場された皆さま、お疲れ様でした。

主演後、客出しのときに流れた曲が「ソング・フォー・ガイ」。
私はエルトン・ジョンがもう一つ日本に伝えに来たのだと感じ取った。
それは、「Life isn't everything」ということだ。

移動日の11月19日には、渋谷のタワーレコードでお買い物をしました。
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2016年、2月5日発売されるニューアルバム"Wonderful Crazy Night"には、レイ・クーパーが5曲で参加していると聞く。
今回のパンフレットにレイ・クーパーが紹介されているのは来年のツアーに帯同するからかも知れない。

先行してシングルカットされた"Looking Up"

"Looking Up" ライブバージョン


ワンダフル・クレイジー・ナイト / エルトン・ジョン

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ワンダフル・クレイジー・ナイト(Wonderful Crazy Night) / エルトン・ジョン

  

 

Wonderful Crazy Night (Deluxe)

Wonderful Crazy Night (Deluxe)

  • エルトン・ジョン
  • ロック

 

Wonderful Crazy Night / Elton John